2011年8月9日火曜日

SUPER!




日曜日にSUPER!という映画を観てきたのでその感想。
あらすじとかは下記サイトをチェックしてください。

SUPER! 公式サイト
SUPER! wikipedia

前評判通り、キックアス+タクシードライバーといった感じの映画。
予告編で見た限りコメディ要素の中にタクシードライバー性があるのかと思っていたが、とんでもない思い違いだった。
過激な暴力描写や執拗に移す暴力描写を"ギャグ"と捉え笑えるかどうかは、正直観客によると思う。
俺は脳みそぶっ飛んだり血がビューって出たりするの好きだけど、完全にコメディ見たさで女の子と行くと痛い目に合う、というか合わせてしまう。

キックアスとの比較でいうと、パンフレットで町山さんが書いているように正義の狂気を描いているかどうかが最大の違いと言っていいだろう。
バットマンをリアルにやるとこうなる、といった映画かもしれない。
何故主人公はヒーローになろうと思ったのか。
きっかけは妻を寝とられたことではなく"神の啓示"を受けたから、というのがコメディ調に描いているが、狂っている。
確実に殺す為何度も打つ。
確実に殺す為何度も刺す。
確実に殺す為何度も撃つ。
主人公は言う。

「割り込みも、児童売春も、麻薬売買も全て悪だ!太古から定められているルールだ!」

それに対し主人公の妻を寝とったプッシャーの元締めはこう問う。

「確かにお前の言う通り悪だ。だが俺を殺したところで何が変わる?世界は何も変わりはしない!」

次の瞬間主人公は元締めの胸に刃物を突き刺す。

「変わるかどうかわからないから試すんだ!」

急所に飛び出しナイフが突き刺さり、すでに瀕死の元締めを何度も何度も刺して殺した。

当初主人公は自分が神に選ばれた子だと思い、ヒーローとして神の代理行為、制裁を悪に加えて行く。
だが妻を寝とった元締めを殺し組織を壊滅させた後、神に選ばれた特別な人間は自分ではなく妻だと思い至る。
何故?
俺にはわからなかった。
彼は事件後捕まることなく、それまで2回しか体験したことのない"完璧な瞬間"を幾度と味わう。
だがそれは傍目、観客の俺の目には"ごく一般的な日常"にしか見えない。
唯一日常的でなかったのは、相棒ボルティとのやり取りだ。
壁に張られた手書きの完璧な瞬間に混ざったボルティがこう言う。

「これはコマとコマの間の出来事よ」

スパナを片手にプッシャーや割り込み客、児童買春の客をぶっ叩き、爆弾と銃で妻を寝取った男の組織の人間を殺戮する。
これらの出来事はその後の彼の完璧な瞬間と完璧な瞬間、要するに日常には入らない"コマの間の出来事"として彼は受け止めたのだろうか。
彼は冒頭さみしさを紛らわせるためにウサギを飼おうとするが、自分のような情けない男に飼われるのはかわいそうだと諦める。
だが彼はその壁に張られたたくさんの手書きの完璧な瞬間をウサギとともに眺めている。
少なくとも彼は情けない男だとは自分を思わなくなっていた。

なんかね、真面目で面倒くさい映画だよこれ。
コメディ描写は満載なんだけど、後味は非常に悪い。
いやーな味がする。
でも思うのは、割り込みした連中とかムカつく連中をスパナやレンチで殴り殺したいと思ったことは誰だってある。
やらないのは良心があるからじゃなくて、"準備が出来ていない"からだ。
彼は"準備"はいつまで経っても出来ないことを知っていた。
だから彼は行動に起こした。
神の啓示を信じて。

なんかいつも以上にまとまらないな。
後々までいろいろ思索を迫られる非常に面倒くさい映画でした。
大笑いしてスカっとしたいだけならキックアスをおすすめしておくよ!

シャラップ クライム!

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